露極東の「本願寺跡」を美化整備 地元居住の日本人ら

image 19世紀後半から20世紀前半まで日本人街があったロシア極東ウラジオストクで24日、地元在住の日本人やロシア人計30人以上が参加して「浦潮本願寺」跡の石碑周辺の雑草除去や敷石の小道づくりなどの美化整備が行われた。

石碑は2000年11月に寺の跡地に建立。来年は石碑設置に尽力した寺の最後の住職の妻で福井県日ロ親善協会会長を務めた故戸泉米子さんの生誕100年で、ライラックの植樹計画があることから、事前に石碑周辺を整備しようとの声がロシア人の日本愛好家から持ち上がった。

現在、ウラジオストクに居住する日本人は100人程度だが、1917年ごろには銀行員など約5千人が居住。37年に日独伊防共協定が結ばれて日本とソ連の関係が悪化し、大半の日本人が退去。西本願寺が建てた浦潮本願寺もスターリン政権下に破壊された。(共同)

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